東京地方裁判所 昭和40年(レ)462号 判決 1968年2月26日
控訴人 遠藤志づゑ 外三名
被控訴人 早川篤平
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
第一申立
(控訴人ら)
「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。
(被控訴人)
主文と同旨の判決。
第二主張
一 請求原因
1、別紙物件目録<省略>(二)記載の土地(以下、本件土地という。)は、もと訴外鈴木千賀の所有であつたが、同人に対する国税滞納処分による公売に基き昭和三四年一一月六日訴外佐藤健次が右土地を買受け、その後被控訴人が、佐藤からこれを買受けて、同年一二月二五日所有権移転登記を経由した。
2、控訴人遠藤は、本件土地上に右目録(一)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有し、控訴人細野は、本件建物のうち別紙図面<省略>表示のBの三畳間に、控訴人高橋は、同建物のうち同図面表示のDの三畳間に、控訴人加藤は、同建物のうち同図面表示のEの三畳間に各居住し、それぞれその敷地である本件土地を占有している。
3、よつて、被控訴人は、本件土地の所有権にもとずき、控訴人遠藤に対しては、本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを、その余の控訴人らに対しては、各々右記載のとおりのその占有部分から退去して本件土地を明渡すべきことを求める。
二 請求原因に対する答弁
請求原因事実は、いずれも認める。
三 抗弁
1、控訴人遠藤は、昭和一八年一〇月四日前記鈴木より建物所有の目的で本件土地を賃借し、その余の控訴人らは控訴人遠藤から前記占有部分を賃借しているのであるが、控訴人遠藤は建物保護法第一条に基き右借地権を被控訴人に対抗することができる。
(一) 控訴人遠藤は、本件建物を訴外小森さだ子より譲受けて昭和一七年一二月二八日東京区裁判所淀橋出張所受付第五、八六八号をもつて所有権移転登記を経由した。
もつとも、右建物の登記簿は、昭和二〇年五月二五日戦災により焼失したが、対抗力の存続には登記の存続を要せず、一たん発生した対抗力は登記簿の滅失によつては消滅しないものと解するべきである。
(二) 昭和三五年法律第一四号による不動産登記法の一部改正にもとずくいわゆる登記簿と台帳との一元化に先だつて発せられた法務省民事局長通達(昭和三四年三月一七日付民事甲第五四八号、「登記簿及び台帳の一元化の実施について」)に従つて、東京法務局新宿出張所は、昭和三四年三月一七日頃右改正にかかる不動産登記法所定の登記簿の新表題部とするため、家屋については、当時の家屋台帳の現に効力を有する事項で不動産の表示に関する登記事項となるべきものを、新しい表題部の用紙となるべき用紙に移記する作業(移記作業)に着手し、同出張所備付の旧家屋台帳中、本件建物に関するものを含む簿冊七の六に登載されているものについては、同年七月九日をもつて完了した。そして、前記通達別冊「登記簿台帳一元化の移記要領」第一四に準拠して、右移記作業を完了した新用紙を、登記簿に編綴せずに家屋番号順にバインダーに編綴して別に保管しておいたが、不動産登記法施行細則の一部を改正する省令(昭和三四年法務省令第四五号)実施に関する法務省民事局長通達(昭和三四年八月一四日付民事甲第一七六二号、「不動産登記法施行細則の一部を改正する省令の実施に伴う登記簿目録等の取扱方について」)に従つて、右バインダー編綴の新表題部用紙を建物登記簿に編綴替えをする作業を行い、本件建物に関する新表題部用紙も、昭和三四年一一月六日より前に建物登記簿に編綴されるに至つた。右の職権によりなされた新表題部用紙の登記簿への編綴は建物保護法第一条所定の登記に該るものと解するべきである。
2、被控訴人は、次のとおり、控訴人遠藤に対して本件土地についての控訴人遠藤の賃借権を承諾しているから、対抗要件欠缺の故をもつて、控訴人遠藤の賃借権を否定することはできない。
(一) 被控訴人は、昭和三五年一月下旬頃控訴人遠藤が訴外村越喜市を介して被控訴人に引続き借地承認方の申し出をしたのに対し、本件土地についての控訴人遠藤の賃借権を承認した。
(二) 被控訴人は、同年六月一八日付内容証明郵便をもつて、控訴人遠藤に対して、控訴人遠藤の右賃借権を承認した。
3、被控訴人は、本件建物について登記の欠缺を主張しうる正当な利益を有しない。
被控訴人は、本件土地の隣地に居住するのであるが、右両地は、かつて前記鈴木の所有であつて、前記小森が鈴木からこれを賃借し、地上に本件建物他一棟の建物を建築したものであるところ、昭和一七年頃控訴人遠藤が本件建物を、被控訴人が他の一棟の建物をそれぞれ借地権とともに小森より買受け、相前後して各建物について所有権移転登記を経由し、以後控訴人遠藤と被控訴人とはそれぞれ右各建物に居住してきた。しかして、本件建物の登記簿は控訴人遠藤が疎開している間に戦災によつて滅失したのであるが、所定期間内に回復登記手続を経ていなかつたものである。しかるに、被控訴人は、控訴人遠藤が本件建物を借地権とともに買い取つて、所有権移転登記手続を了し、訴外佐藤健次が取得するまで控訴人遠藤が本件土地を訴外鈴木千賀から賃借しているものであること、および本件建物が右の経緯で未登記のままとなつていることを熟知していたにもかかわらず、右訴外佐藤から、本件土地はいわゆる事故物であつてしかも本件建物の登記もないから、将来建物の居住者らを容易に立退かせることができるとの説明を受けるや、本件土地を更地にして利益を取得しようと考えて、同訴外人よりこれを買受けたものである。右の事実のもとにおいては、被控訴人は、控訴人遠藤の本件建物の登記の欠缺を主張しうる正当な利益を有するものとはいえない。
4、被控訴人の本件土地明渡請求は権利の濫用である。前記3、記載の事実に加え、被控訴人は、昭和三三年四月一六日前記鈴木、控訴人遠藤の立会いのもとに本件土地およびその附近を実測して、控訴人遠藤の借地坪数を三一坪七合二勺、被控訴人の借地坪数を二三坪九合と取り決め、本件土地と被控訴人が賃借していた隣地の分筆を受けた事実もありながら、かねてより控訴人遠藤と不仲であつたところから、控訴人遠藤が、前記のように本件建物につき回復登記手続をしなかつた虚につけこみ、本件土地を買受けて、控訴人らを窮地におとしいれるためにのみ、本件土地の明渡しを求めようとするものである。右は、権利の濫用であつて許されない。
四 抗弁に対する答弁
1、抗弁1、の事実は不知。
2、同2、の事実のうち、主張の日時被控訴人が控訴人遠藤に対して内容証明郵便を発したことは認めるが、その余は争う。
3、同3、4、の事実のうち、被控訴人が控訴人遠藤の隣に住んでいることは認めるが、その余は争う。控訴人遠藤は、本件土地を安価に買受けるようにという税務署の勧告や前記佐藤の相当代価による売買申入れを拒絶し、被控訴人からの賃借関係設定の申入れについても何らの誠意を示さなかつた。
五 再抗弁
控訴人遠藤の本件土地賃借権は、昭和三八年一〇月四日をもつて二〇年の約定期間が満了するものであるところ、被控訴人は、控訴人遠藤に対して右賃貸借契約の更新につき異議を述べた。
被控訴人の前記建物には、妻と一九才から二八才にいたる一男四女が居住し、かつ右建物は、老朽化しているうえ、六畳、三畳の二間に過ぎないから、被控訴人は控訴人らから本件土地の明渡を得て右建物を建てかえる必要があるのに反し、控訴人遠藤は本件建物を一〇年近く約七世帯に賃貸して利益をあげ、家計にもゆとりがあり、本件土地を明渡して他に移転してもそれほどの不都合はない。よつて、前記異議の申出には正当の理由がある。
六 再抗弁に対する答弁
再抗弁事実は争う。
控訴人遠藤は約二万円、その子尚美は約四万円の月収を得ているが、家計に余裕がないうえ、昭和二九年に金五〇万円余をかけて本件建物をアパート式に改造し、同三七年にも金三〇万円をかけて補修をして、未だその回収がされていないので、控訴人遠藤には、本件建物および本件土地を使用する必要がある。
第三証拠関係<省略>
理由
一、請求原因事実については、いずれも当事者間に争いがない。
二、抗弁1、について
1、右争いのない事実と成立に争いのない乙第一、二号証、同第八号証、同第一一号証、同第二〇号証の二、控訴人本人遠藤志づゑの尋問の結果(当審)により真正に成立したものと認められる乙第六号証、官署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分も右尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる同第七号証、証人遠藤尚美の証言(原審)および控訴人本人遠藤志づゑの尋問の結果(原審第一、二回、当審)を総合すると次のとおり認められる。
訴外小森さだ子は、訴外鈴木千賀より本件土地に含まれる宅地二九坪五合を賃借して、同地上に本件建物を建築、所有していたが、控訴人遠藤は、昭和一七年一二月二八日、小森より本件建物を買受けて同日、右建物について東京区裁判所淀橋出張所受付第五、八六八号をもつて所有権移転登記を経由し、次いで昭和一八年一〇月四日鈴木と、建物所有を目的とし、期間を昭和三八年一〇月四日までと定めて前記宅地について賃貸借契約を締結した。ところが、右出張所は昭和二〇年五月二五日戦災を蒙り、登記簿および附属書類の一切を焼失し、本件建物についての登記簿もこれにより滅失した。しかるに、控訴人遠藤は、回復登記の申請期間内に前記登記の滅失回復登記の申請をせず、その後昭和三六年一月一九日になつてあらためて本件建物について所有権保存登記をした。
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、土地の賃借人が地上建物につき一たん登記をしても、登記簿が滅失し、回復登記の申請期間を徒過した場合には、その後、建物につきあらたな所有権保存登記がされない間に、土地につき所有権を取得した第三者に対しては、他に特段の事情のないかぎり、土地賃借権を、もはや対抗しえなくなるものと解するのを相当とするというべきである。けだし、そうでなければ、第三者に不測の損害を与えるおそれがあり、建物の登記をもつて借地権取得の対抗要件とした建物保護法の趣意にも沿わないし、かつ、不動産登記法第二三条において所定の期間内に回復登記を申請した場合には滅失した登記簿の順位における登記の効力を保有せしめると定めたことの反面の趣旨は、右期間を徒過したときは右登記の効力を失わせるにあるものと解せられるからである。
したがつて、控訴人遠藤は、前記認定事実のもとにおいては、前記のとおり請求原因記載の日時、本件土地を取得し、所有権保存登記を経由したことに争いのない訴外佐藤及び被控訴人に対して、特段の事情のないかぎり、本件土地賃借権を対抗しえないといわざるをえない。
2、昭和三五年法律第一四号「不動産登記法の一部を改正する等の法律」による不動産の表示の登記は、その実質においては従来の土地、家屋台帳と異なるところはなく、不動産の権利関係を公示する不動産の権利の登記とは区別されるものである。もつとも、右改正後の不動産登記法によれば、所有権の登記がない不動産については、後に右登記がされるまでの間、所有者の住所氏名が表示の登記によつて表題部に記載される定めとなつている。しかし、これは、所有権の登記がない場合には、その不動産に異動を生じた場合の登記申請義務者、固定資産税の納税義務者、所有権保存の登記の申請適格等を判断する基準として所有者と認められる者を何らかの方法によつて明らかにしておく必要があるからであつて、このことは従来の台帳にかわる表題部としての機能からも要請せられるところであり、右所有者の表示の登記をもつて、権利関係公示のための権利の登記に代替しうるものではない。従つて、一般に表示の登記は、権利関係を公示するものとはいえないから、右の登記によつては権利関係を第三者に対して対抗しうるものということができない。
しかして、かりに抗弁1、(二)記載のとおり右記載の日時、前記改正法の施行に先立つて本件建物に関する新表題部用紙が登記簿に編綴されたものとしても、右登記簿への編綴は、改正法による表示の登記の右の効果以上に出ることはなく、かかる権利関係の公示の効力がない職権による所有者の表示をもつてしては建物保護法第一条にいう登記に該当するとはいえないものというべきである。
三、抗弁2、ないし4、について
1、前記認定事実に、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第五号証、同第九、一〇号証、同第一二ないし第一四号証、同第一九号証、同第二二号証、被控訴人本人尋問の結果(原審)により真正に成立したものと認められる甲第三、四号証、控訴人本人遠藤志づゑの尋問の結果(当審)により真正に成立したものと認められる乙第一六号証および証人遠藤尚美(後記採用しない部分をのぞく。)、同鈴木千賀、同佐藤健次の証言(いずれも原審)、控訴人遠藤志づゑ(原審第一、二回当審)、被控訴人(原審、当審)各本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分をのぞく。)によると、次のとおり認められる。
前記小森は本件土地の隣地である同所四七〇番の九の土地を前記鈴木から賃借して、地上に木造平家建居宅一五坪一棟を建築、所有し、被控訴人が右建物に大正一三年頃以来居住していたのであるが、昭和一七年、被控訴人において右居宅を小森より買受け、前記認定のとおり控訴人遠藤も本件建物を買受けて入居した。ところで、控訴人遠藤は、その子尚美と共に一定の職についているほか、昭和二九年頃本件建物をアパート式に改造して以来七部屋ほどを間貸ししているのであるが、控訴人遠藤は、鈴木から本件土地を代金三万円ぐらいで買取つて欲しい旨の交渉を数回にわたつて受けたことがあつたけれども、袋地だからとか、あるいは家が古くなつたからとか言つてこれを拒絶していた。
他方、被控訴人は、鈴木の交渉に応じて昭和三三年七月三日本件土地の隣地である前記四七〇番の九の土地を買受けたものである。
その後、鈴木に対する国税滞納処分により昭和三三年九月一七日本件土地は差押えられ、公売の結果同三四年一一月十六日訴外佐藤健次が金一〇万八〇〇〇円でこれを買受けた。佐藤は、直後、控訴人遠藤に対して右競落代金のほか登記料等を含めて合計一〇数万円で本件土地を買受けるよう求めたのであるが、控訴人遠藤は、家も古く、場所も悪い等、同所に永住する意思のないことを理由としてこれに応じなかつたので、控訴人遠藤に売却することを断念して、被控訴人に対し交渉した。被控訴人は、控訴人遠藤が訴外鈴木より本件土地を賃借し本件建物を所有していることを知つていたし、隣家のことでもあるので、当初はこれらを配慮してことわつていた。しかし、佐藤から控訴人遠藤との前記交渉経過を告げられて再三買受方をすすめられ、かつ被控訴人自身も、日ごろ控訴人遠藤から、永住の意思のないことを聞き及んでいたので、被控訴人は、控訴人遠藤が賃借期間の到来する三年くらい後には本件土地から立退くものと推測し、当時三畳、六畳の二部屋に家族八人が住んでいて狭く、そのうえ古くもなつたので、明渡しを得られた場合には本件土地に建て増しをしようと考えて買受けることとし、昭和三四年一一月一二日金五万五〇〇〇円で本件土地を買取り、同年一二月一五日その旨の所有権移転登記を経由した。
控訴人遠藤は、本件土地を被控訴人が買受けたことを知つて訴外村越喜市に仲介を依頼し、同人は被控訴人方に赴いて右土地の借受方を交渉したが、話が具体化する運びとなるまでに至らなかつた。しかし、被控訴人としては、隣り同志のことでもあるので売るにせよ、貸すにせよ、あくまでも話合いにより円満に解決したいと考えて、昭和三四年一二月二四日控訴人遠藤に対して、話合いをしたい旨を書面により通知し、更に、昭和三五年一月二九日にも、村越のすすめによつて同人立会いのもとに同月三一日本件土地賃貸借について相談したい旨の連絡をしたが、控訴人遠藤は一度もこれに応ずることなく同年二月頃突如地代の供託をはじめた。被控訴人は、控訴人遠藤に対し、なおも同月一一日、至急面談して誠意ある交渉を望む旨通知したけれども、なんら応答がなく供託が続けられたので、その後は交渉を求めることを打切り、同年六月一八日、供託は借地坪数を誤つてしている旨の内容証明郵便(乙第一〇号証)を出し、昭和三七年一〇月二日本件土地を一〇日以内に明渡すよう通告し、かくて本件紛争にいたり、明渡調停を経て本訴請求に及んだものである。
なお、被控訴人は、従来居住していた前記居宅が古くなつたので、半分くらい取り毀し、昭和三六年九月頃、他から建築資金を借受けて本件土地の隣地に一階、二階各七・五坪の木造二階建共同住宅を建築し、右借受金を返済するためその一部を間貸しているが、建ぺい率等の関係から、右隣地上にさらに建て増しをして七人の家族が居住するに十分なものにすることは困難なので、本件土地上に建て増しをすることを予定している。
以上のとおり認められ、証人遠藤尚美の証言、控訴人遠藤被控訴人各本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はいずれも採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2、登記を経ていない物権変動につき、右登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者が登記がされていないにもかかわらず物権変動の事実を確定的に認め、該変動の効果が自己に及ぶことを承認した場合には、登記の欠缺を主張する利益を放棄したものとして右第三者に対しては登記なくして右変動の効果を対抗できるものである。しかしながら、登記なくして対抗できる効果をもたらすところの第三者のする「承認」とは、右の意味でなくてはならず、単に物権変動の事実を事実として一おう認めたということのみをもつてしては足りないものと解するべきである。しかるに、控訴人らが抗弁2、において「承認」の根拠として主張する事実関係について認定される事実は、すべての証拠によつても前記認定の程度を出ないのであつて、これをもつてしてはとうてい、被控訴人が控訴人遠藤の賃借権を確定的に承認し、登記の欠缺を主張する利益を放棄したということはできない。
3、前記認定のとおり、被控訴人は本件土地の所有権を取得したものであり、控訴人遠藤において本件土地の賃借権を主張して、右両者間に本件土地の物的支配についてその優先的効力が争われているのであるから、被控訴人がいわゆる背信的悪意者である等特段の事情がないかぎり、被控訴人は、控訴人遠藤の本件建物の登記欠缺を主張しうる正当な第三者であるといわなければならない。
しかるに、被控訴人において控訴人遠藤が本件土地を訴外鈴木から賃借して本件建物を所有していることを知つていたことは前記認定のとおりであるが、被控訴人において本件建物についてかつて控訴人遠藤のために所有権移転登記がされていたが、右の登記簿が戦災のため滅失し、回復登記がされなかつたことを熟知して、本件土地買受の挙に出た等の控訴人らの抗弁3、4についての主張事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。かえつて被控訴人本人の尋問の結果(原審、当審)によれば、被控訴人は本件建物の登記の有無に関してはなんら知るところがなく、本件土地を買受けるに際しても登記のことはまつたく念頭になかつたものであることが窺われる。のみならず、被控訴人が本件土地を買受けて本訴請求に及んだ経緯は前記認定のとおりであつて、要約再言すれば、被控訴人としては、控訴人遠藤を排してまで本件土地を買受けようとする意図があつたわけではなく、控訴人遠藤がこれを必要としないというので自ら使用するべく買受けたのであり、しかも買受後控訴人遠藤から貸与方を求められて快くその交渉に応じたばかりか、むしろ自ら進んで円満解決に努めたものであつて、その間なんら責められるべき点がないものというべきである。これに対して、控訴人遠藤は、本件土地を引続き使用しうる機会が十分にあつたにもかかわらず、永住の意思がない等といい、かつ誠意ある態度を示さなかつたため、けつきよくは明渡しを求められる結果となつたのであつて、いわば、自ら利益を放棄し、損害を招来したものといえないこともないのである。以上の諸事情を斟酌すると、被控訴人が、控訴人遠藤に対し本件建物の登記欠缺を主張することのできないいわゆる背信的悪意者等に該当するものと認めることができないことはいうまでもないし、また被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を権利の濫用であるとして排斥するにも足りないとするのが相当というべきである。
四、そうすると、控訴人らの抗弁はいずれも採用することができず、被控訴人の本訴請求は理由があることに帰するので、これを正当として認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて、本件控訴をいずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久 後藤一男 豊田健)